「埼玉県といえばクレヨンしんちゃんの春日部でしょう」
埼玉の印象を漫画で引用した私に呼応するかのように、埼玉を生国とする知人が話題に加わった。
「昨今でいえば、翔んで埼玉の秩父もあるけど、所沢には西武ライオンズがあるね」
「あぁ...そうだ。西武は所沢だった」
プロ野球球団がある以上、その都道府県の枢要都市である"はず"であるから、意識は当然所沢へと向かった。
「なぜプロ野球球団をあんなところに創設したのか不思議だよね」
「所沢はそんなに辺鄙なところなのですか?」
「辺鄙ではないけど、ベットタウンって言えばいいかな。都心から随分離れたところにあるんだ」
「先に出た秩父は...これはわからないなぁ」
「山だね。さらに山奥となると奥秩父がある。丁度、奥多摩の北に位置するところだね。」

奥多摩の北側と聞いて、筆者は俄然どのようなところであるのか調べてみたくなった。
奥多摩は東京都の最西端に位置し、西は雁坂峠、南は檜原村、北は秩父といった地域に囲まれており、都心とは対照的な大山塊の中にある。
筆者は休日になると、奥多摩へツーリングへ向かうことが多く、奥多摩の最奥の日原鍾乳洞までは到達している。
日原以北は車道が途絶し、埼玉との連絡は不通である。

自宅へ帰着すると、早速地図を広げてみた。
確かに秩父がすぐ以北に位置していたが、それは奥秩父ではなく秩父市街地であった。
日原の更に西に位置する地域が奥秩父であり、奥多摩を越えた青梅街道も甲州へと下ろうかとする辺りの北側に位置している。
都心から見ると僻地も僻地で、筆者の生国である奈良県下の地域で直喩すれば、十津川村のようである。
ただ、歴史的には秩父往還といった街道が上代より存在していたようであるから、十津川村のように隔絶の地とまではいかない。

遠い、遠すぎる埼玉県「秩父」

筆者が在住している世田谷区から秩父までの経路は、甲州街道から青梅市へ至り、青梅秩父線を北上、正丸で国道299号と合流する道程であった。
秩父市街地まで約2時間30分。
高速道路を利用していない分、道程が非常に長く感じられた。
復路は更に渋滞が予想され難儀と思い、わざわざ花園ICまで北上して練馬まで関越自動車道を利用したほどであった。

秩父市街地に到着したものの、目的地は市街地ではなく更にその先の奥秩父である。
冒頭で述べた「翔んで埼玉」といったギャグ漫画に、秩父が未開の地として揶揄されていた記憶があるが、この未開の地よりも更に奥に位置する奥秩父はどのように描写すればいいのだろう。原生地区以外にどう表現すれば良いのか、筆者には目下わからない。
時節は盛夏である。いったんそこらで水分補給をせねばこの先が大義に思われる。
東に山塊が重なっていることを遠見しながら、奥秩父への準備を再び整えることにした。

戦慄!雷電廿六木橋に轟く雷鳴

奥秩父には、巨大なダムを眼前にした大規模なループ橋(雷電廿六木橋)があると事前に知り得ていた。
無論、現地での撮影は行う予定であったが、雲行きが突如悪くなり暗雲が立ち込めてきたのである。
目下走行している国道140号の四囲環境は、前後左右山が迫っており、左手に中津川が流れている。
小雨が降り出し、やがて方々の山々に山雲が立ち込め、なにやら仙境めいた情景が展開され、若干霧がかった前景からコンクリートの柱が見えてきた。
雷電廿六木橋である。
一旦、この規模の大きな回旋形状のループ橋の下で仰視するかたちで、その"威容"を体感することにした。